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東京地方裁判所 平成4年(ワ)7335号 判決

主文

一  被告は、原告に対し、金三八七六万八二五一円及びこれに対する平成四年五月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、二分し、それぞれを各自の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告は原告に対し、金八〇八一万九一九一円及びこれに対する平成四年五月二〇日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、原告が被告から確実に値上がりするといわれ、昭和五九年一二月下旬、新光電気の株式四〇〇〇株、同六〇年四月二五日、三井ハイテックの株式一〇〇〇株、同年五月一〇日、タケダ理研の株式二〇〇〇株を各購入したところその後値下がりし合計四六一〇万八二五一円の損害を受けたとして債務不履行又は不法行為に基づき損害賠償を請求し、また、被告は原告が昭和六二年二月二〇日に離日後同年五月四日に来日するまでの間に東京電力の株式二〇〇〇株、NTTの株式五株を原告に無断で買付けしたので同取引は原告に帰属しないとして右買付代金合計三四七一万〇九四〇円の返還を請求している事案である。

二  争いのない事実

1  原告は、パキスタン人で、絨毯の販売を業とする者であり、商用でしばしば来日していた。

2  原告は、昭和五九年五月、友人である訴外石田洋司(以下「訴外石田」という。)の紹介で被告青山支店において株式の取引をするようになった。

3  原告は、被告の仲介により新光電気の株式を昭和五九年一二月二二日、一株七〇八〇円で二〇〇〇株、同月二四日、一株七一八〇円で一〇〇〇株、同月二五日、一株六八〇〇円で一〇〇〇株をそれぞれ買い付け、昭和六二年二月六日に一株一一七〇円で四〇〇〇株を売却した。

4  原告は、被告の仲介により三井ハイテックの株式を昭和六〇年四月二五日、一株五四九〇円で一〇〇〇株を買い付け、昭和六二年二月六日に一株一八一〇円で一〇〇〇株を売却した。

5  原告は、被告の仲介によりタケダ理研の株式を昭和六〇年五月一〇日、一株六五〇〇円で二〇〇〇株を買い付けた。

6  原告は昭和六二年二月二〇日に離日し、同年五月四日に来日している。

7  原告名義で東京電力の株式を昭和六二年四月二一日、一株九三一〇円で二〇〇〇株を、NTTの株式を同月二二日、一株三一六万円で五株をそれぞれ買い付けがなされている。

三  争点

1  被告の担当者である訴外武石幸男(以下「訴外武石」という。)又は訴外服部昭(以下「訴外服部」という。)が、原告に対し、昭和五九年一二月から同六〇年五月にかけて新光電気、三井ハイテック及びタケダ理研の株式(これらを以下「本件株式」という。)を推奨し、買い付けさせたことにより被告が法的責任を負うか。

(原告)

訴外武石及び同服部が、本件株式を推奨した理由は、当時半導体メーカーの業績が伸びており、これに付随して半導体に関連する部品や計器等を製造しているこれらの企業の将来性が高く評価されているので値上がりが見込まれるというものであったが、昭和五九年一二月始めころから我が国の新聞にも半導体市況の悪化が頻繁に報道され、悲観的な予測がなされていたのであるから、昭和五九年末から同六〇年上半期において半導体関連企業の本件株式を推奨する理由はない。にもかかわらず、訴外武石及び同服部が原告に値上がりする旨の断定的判断を提供して本件株式を推奨し、買い付させたことは被告の注意義務違反であり、債務不履行責任又は不法行為責任を負う。

2  原告名義でなされた昭和六二年四月二一日の東京電力の株式の買付け、及び同月二二日のNTTの株式の買付けは原告の委任に基づきなされたものか。

(被告)

昭和六二年二月からの原告の帰国中の取引については、原告と被告の担当者訴外江藤五十吉(以下「訴外江藤」という。)との間において「当時の実現損二一四九万円を取り戻すべく、帰国中も取引を行い、努力する。その間は石田が了解すれば原告が了承したものとする。」という包括的な合意ができており、その合意に基づき行われたものである。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

1  証拠(甲三、四の1ないし4、二二の1ないし3、二四の1ないし三八の2、証人服部、証人武石、原告本人)によれば、次の事実が認められる。

(一) 日本における昭和六〇年の半導体の販売量は、当初から下落の方向で推移し、その状態は同年末まで続いた。

(二) 原告は被告を通じて行う株式購入の資金の大部分を銀行からの借入れにより賄っており、被告担当者である訴外服部はそのことを認識していた。

(三) 昭和五九年一二月上旬ころから同六〇年五月ころにかけて日本経済新聞等に半導体業界は同五九年前半までの空前の好況から一転し、半導体が世界的規模で供給過剰となっており、同年一一月以降半導体価格が大幅に下落しているという内容の記事が頻繁に掲載されるようになった。

(四) 昭和五九年七月初めから同六一年一〇月までの間被告青山支店において原告の担当であった訴外服部は、原告が新光電気の株式を昭和五九年一二月二二日、同月二四日、同月二五日に買い付けるについて新光電気の株式を推薦し、株価の予測として一万一〇〇〇円まで上がると原告に説明した。その理由は、当時ハイテク関連株は人気があり、新光電気は新規公開が間もなくなされること、ハイテク関連株は上場後大幅に値上がりすることがこれまで頻繁にあったというものであった。

(五) また、訴外服部は、原告が三井ハイテックの株式を昭和六〇年四月二五日、タケダ理研の株式を昭和六〇年五月一〇日に買い付けるについてこれらの株式を推薦した。その理由は、ハイテク関連株は株価が上昇するということに加え、三井ハイテックについては株式分割をし、妥当値は八〇〇〇円であるが当時五九〇〇円だったことから値上がりが見込めるというものであった。

(六) 訴外服部が、原告に本件株式を推薦していた当時、被告青山支店としても本件株式を推薦銘柄として他の客にも推薦した。その理由は、当時の半導体市況を反映して値上がりが期待できるというものであった。

(七) 原告は、日本語の能力については読み書きはほとんど出来ず、簡単な会話ができる程度である。

2  株式の取引に際して証券会社の担当者が客に株式の銘柄を推薦する場合、本来株価は変動し、その動きは確実に予測できない性質のものである以上、担当者の推薦に従い客がその株式を購入し、その結果損失を受けたとしても一般的にはそれは客が自己の判断で購入し、損失を受けたものとして担当者の推薦を違法と評価することはできない。

しかし、株式の取引は、株価の変動により時として客に多額の損失を与える危険があるから証券会社の担当者は、株式の取引の専門家として客の能力、経験、取引銘柄、取引額、株価の変動状況等を考慮して客に右危険についての判断を誤らせないようにすべきであり、担当者が客に右危険についての判断を誤らせるような態様により株式の取引の勧誘、推薦を行った場合には、その行為は不法行為を構成するというべきである。

これを本件についてみると、訴外服部が原告に本件株式を推薦した昭和五九年一二月二二日、同月二四日、同月二五日、同六〇年四月二五日、同年五月一〇日という時期は、前記1、(三)のとおり半導体が世界的規模で供給過剰となり、半導体価格が大幅に下落するという見通しの記事がすでに日経新聞等において頻繁に掲載されており(昭和五九年一二月では、同月五日、同月八日に掲載、甲二四、二五)、半導体関連株である本件株式の今後の株価の見通しとしても下落するであろうことは証券会社の担当者としては容易に予測できたといえる。

加えて原告は絨毯の販売業を国際的に営む者であるにしても、日本語の読み書きはほとんど出来ず、日本語の簡単な会話しかできない外国人であり、日本の企業について得られる情報は限られていること、原告の株式取引は資金を銀行からの融資に頼るものであり、そのことを被告も認識しており、取引額も高額であったことを考慮すれば前記の時期に訴外服部が本件株式を推薦する理由はなく、推薦すること自体原告に多額の損失を与える危険についての判断を誤らせるものであり、不法行為を構成するというべきである。

訴外服部は、本件株式を原告に推薦するに当たり会社四季報、会社情報及び日経新聞を調べたが、業績は好調と記載してあったし、また、昭和五九年ころから半導体関連の市況が悪化しているという記事は読まなかった旨証言し、当時の被告青山支店長であった訴外武石は本件株式について当時半導体の市況は高収益であることから、被告青山支店において顧客に推薦していた旨証言しているが、本件において問題となっている本件株式のうち時期的に最も早い新光電気の約定日である昭和五九年一二月二二日より前である同月五日及び同月八日の日経新聞にはすでに半導体の供給過剰に基づく半導体市況の悪化が報道されていたのであるから、右証言が真意に出たものであれば訴外服部、同武石は、株式取引の専門家として甚だしい勉強不足というべきである。

3  原告は、被告の前記不法行為に基づき、新光電気株については買値と売値の差損、手数料、税金、利息等合計二六四六万六九六九円の損害を受けており、三井ハイテック株については、買値と売値の差損、手数料、税金、利息等合計四五八万三七八二円の損害を受けている。しかし、タケダ理研株については買値と訴え提起時の価格との差損及び買付時の手数料の合計七七一万七五〇〇円の損害を受けていることは認められるが、他は証拠が無く認められない。

また、被告の行為は不法行為というべきであるから遅延損害金は年五分の限度で認められる。

二  争点2について

1  証拠(甲一、二、一一の1、2、一二の9、乙一二の1ないし3、一九、証人中川、同江藤、同石田)によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告が昭和六二年二月二〇日に離日し、同年五月四日に入国するまでに被告青山支店を介して次の株式取引が行われた。なお、本件で争われているのは、(15)、(19)の取引である。

(1) 二月二七日 勧角証券転換社債 二万株買い

(2) 二月二八日 〃 〃 売り

(3) 三月 三日 NTT 一〇株 買い

(4) 三月 四日 〃 売り

(5) 三月一二日 勧角証券転換社債 二万株買い

(6) 三月一八日 〃 〃 売り

(7) 〃 東京ガス 二万株買い

(8) 三月二六日 〃 〃 売り

(9) 三月二七日 NTT 一〇株買い

(10) 四月 一日 〃 売り

(11) 〃 日本道路 二万株買い

(12) 四月 三日 〃 〃 売り

(13) 〃 NTT 一二株買い

(14) 四月二一日 〃 売り

(15) 〃 東京電力 二〇〇〇株買い(以下「本件東京電力株」という。)

(16) 八月一〇日外 〃 〃売り

(17) 四月二一日 モトローラ 二〇〇〇株買い

(18) 四月二二日 〃 〃売り

(19) 〃 NTT 五株買い(以下「本件NTT株」という。)

(二) 原告は、前記(一)、(1)の勧角証券転換社債を昭和六二年二月二七日に購入する資金を得るために同年二月五日、三井ハイテック、同月六日、新光電気の各株式を売却し、二五〇〇万円を超える実現損(実際に売買することによる買値と売値の差損)が発生した。

(三) 昭和六二年二月四日には原告は被告の東部第二ブロック長である訴外河野清(以下「訴外河野」という。)と面談し、それまでの原告の損失を補償するよう要望していた。

(四) 原告が昭和六二年二月二〇日に離日する前の二月上旬に訴外江藤、同中川、同石田、原告が訴外石田の事務所において会合した。

(五) 原告が日本滞在中に被告を介して株式の取引をするときは、殆ど訴外石田が同席しており、訴外石田は被告からの話を基に原告に助言を与えていた。

なお、訴外石田はパキスタンからオニックスという石を輸入する会社を経営している。

(六) 原告は離日中の昭和六二年三月二六日に訴外石田にテレックスを入れ、被告から二〇〇〇万円位の伊藤忠、セブンイレブン等の転換社債が買えないかどうかを聞くように依頼している。

2  被告は、原告が離日中の原告の株式取引については、訴外石田が了解すれば原告が了承したものとするという合意が原告と訴外江藤との間にあり、右期間中の株式取引については訴外石田の了解を得ていたと主張するが、証人石田の証言によれば右合意及び株式取引を了承したかどうかはあいまいであり、また、前記1、(一)のとおり僅か二か月余りの間に原告の取引が一九回も行われていることからみて被告がその都度会社を経営し多忙な訴外石田の了解を得ていたとは考えられない。したがって、被告の右主張事実は認められない。

しかし、原告と被告担当者である訴外江藤との間に原告の離日中の取引について何らの合意もなかったかというとそうともいえない。

すなわち、前記認定のとおり原告が離日する前の原告の実現損は三井ハイテックと新光電気だけでも二五〇〇万円位になっており、原告としては右実現損を減少させることが当時最大の関心事であって、そのため原告に勧角証券の転換社債が大量に割り当てられることとなったが、それだけで原告の損失を解消することは不可能であり、原告としても昭和六二年二月四日に訴外河野と面談し、それまでの原告の損失を補償するよう要望し、他に値上がりの見込める取引ができるのであれば離日中といえども原告に代わって被告にしてもらいたいという気持ちはあったと認められること、また、前記転換社債を原告は買い付けを委任するだけでは利益は得られず、時宜を得た売却も必要とされることからすると原告は離日中、同社債の売却についても被告に当然委任していたとみるのが自然であること、原告が昭和六二年五月四日、原告の離日中の取引が多数あったにもかかわらず、本国に入国直後において特にそのことを問題視しているとは認められないことなどからすれば、原告と被告担当者である訴外江藤との間に原告が利益を得、実現損を減少させるような株式売買をすることを包括的に被告に委ねる旨の合意があったものと推認できる。

そうすると、本件東京電力株及び本件NTT株の買付けは、原告の委任に基づくものといえる。

甲一(原告作成の被告宛の通告書)によれば、原告は昭和六二年三月二六日に訴外河野、同江藤に新規発行転換社債にのみ投資することを認めたとする記載部分があり、これは甲一〇に基づくものと思われるが、甲一〇の記載からは原告が被告から転換社債を購入することを望んでいたということはいえても被告に新規発行転換社債にのみ投資することを認めたとまでは読み取ることはできない。

なお、被告の行為は、不法行為というべきであり、遅延損害金は、年五分の限度で認められる。

三  結論

以上により本訴請求は、本件株式に係る不法行為責任について三八七六万八二五一円及びこれに対する平成四年五月二〇日から支払済みまで年五分の遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 田中 治)

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